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2016-09-12

祝!広島カープ25年ぶり優勝。ところで25年前のマツダ車ってどんな車?

2016年のプロ野球もそろそろ最終コーナーですね。

パリーグでは、圧倒的な戦力で、6月にもマジックナンバーがつき、3連覇間違いなし。と言われていたソフトバンクが日本ハムに猛烈に追い上げられて、優勝のゆくえがわからなくなりました。

1991年の広島優勝の様子
1991年の広島優勝の様子

一方、セリーグは毎年Bクラスで、今年はエースだったマエケンこと前田健太投手が抜けたことで必ずしも前評判が高くなかった広島カープが優勝しました。プロ野球はつくづくわからないものですね。

前回、広島カープが優勝したのは25年前の1991年、もっとも優勝から遠ざかったチームだったのですが、25年というとかなり長い年月です。

広島カープといえば親会社はマツダですね。今回の記事では、25年前のマツダの自動車を振り返り、歴史を実感してみようと思います。

センティア

センティア
センティア
出典 : x108.peps.jp

マツダ・センティアの初代が発売されたのは1991年。2000年まで発売されました。

センティアは、個人ユースのラグジュアリーセダンとして開発された車で、高速での走行中にも車両を安定させる車速感応型4WSや、太陽電池により停車中の車内をファンで換気する仕組みを備えた、当時のマツダの技術の粋を集めた、最高級セダンという位置づけでした。

また、同じく1991年に発売開始された、マツダの販売店ブランド、アンフィ二向けに発売されたアンフィ二MS-9は、基盤メカニズムをすべて共有した実質的に同じ車です。

アンフィ二MS-9
アンフィ二MS-9

2000年に生産中止となり、マツダの最高級セダンという位置づけの車はミレーニアになりましたが、2003年にミレーニアも生産中止となり、その後、マツダのラグジュアリーセダンとされる車は発売されていません。

クロノス

クロノス
クロノス

マツダ・クロノスは1991年に発売された、ミドルクラスセダンで、マツダの核となる車種としての期待を受けて発売された車でした。

バブルがはじけて、日本経済は若干不調になったものの、深刻な不況に入るとは当時認識しておらず、販売好調な国内市場向けに投入された車でした。

マツダのセダンとして定着していたカペラの後継車種という位置づけでしたが、浸透していたブランド名を引き継がなかったことも原因となり、期待していた販売台数を大きく割り込み、さらにバブル崩壊後の不況も本格化してきたことも追い打ちをかけて、売り上げ不振となり、その後のマツダの経営不振の原因となったとも言われる車です。

アンフィ二MS-6
アンフィ二MS-6
出典 : ameblo.jp

上で紹介したクロノスの5ドア・ハッチバックセダンがアンフィ二MS-6 です。

ヨーロッパ諸国ではMAZDA626 として販売され、好評を博したのですが、日本ではあまり人気が出ず、販売状況もよくありませんでした。

ユーノスプレッソ

ユーノスプレッソ
ユーノスプレッソ

1991年に発売され、98年に販売終了となったのがユーノスプレッソ。3ドアハッチバックのクーペでした。

小さいボディにV6エンジンを積み、ヨーロッパ諸国では評価の高い車でしたが、販売期間は比較的短く終わってしまった車となりました。

なお、姉妹車のオートザムAZ-3は、エンブレムのような細かい部分は異なりますが、ユーノスプレッソと同じ車です。

25年間のマツダ車と広島カープの歩みを重ね合わせる

上でご紹介してきた、25年前に発売開始となったマツダ車で現在も販売が継続しているクルマはありません。

バブル崩壊から日本経済は長く続く不況期に突入します。国内の自動車販売台数も年々減少し、消費者からは実用性重視のミニバンや燃費のよいクルマが求められるようになりますが、上でご紹介したように、91年に発売されたマツダ車は、現在はあまり人気車種とはいえないセダンやクーペが中心です。

同時期に発売開始となった車で現在も販売されているクルマとしては、例えば大型ミニバンのトヨタ・エスティマ、93年にはスズキから軽のトールワゴン、ワゴンRが発売され、現在まで高い人気を誇る車種となっています。

「クロノス」の販売不振もひとつのきっかけとなって、マツダはしばらく経営が厳しい時代が続きます。

一方、プロ野球界に目を転じると、1987年に初の1億円プレーヤーが登場、そして1993年にフリーエージェント制度が導入されると、優勝のために高い年棒を払って好選手を集めるという風潮になりました。90年代から、選手たちの年棒は高騰していきます。

熱いファンが広島カープの強みです。
熱いファンが広島カープの強みです。

こうしたプロ野球界のトレンドから距離を置いた、あるいは置かざるを得なかったのが広島カープです。決してフリーエージェントで高い年棒で選手を引き抜こうとせず、自前で育成した選手だけで戦ってきました。

戦力的に他球団に劣るのは否めず、それが25年間優勝してこなかった理由の一つとも言えるでしょう。

マツダの91年当時の自動車ラインナップと広島カープの歴史を重ね合わせると、非常に興味深いと感じるのは私だけでしょうか。

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