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2016-11-03

お父さん感涙!高度成長期に現れた懐かしの名車を振り返る!

先日の記事でも紹介いたしましたが、ヨーロッパでは、大気汚染が深刻化しており、排気ガスを出すガソリン・ディーゼルエンジン車にはもう乗るべきではない、という風潮も広まっています。
ドイツ、オランダでガソリン・ディーゼルエンジン車が数年後に禁止か
排気ガスを出すガソリン・ディーゼルエンジン車よりも、クリーンでハイテクな電気自動車の方が確かに環境には優しいかもしれません。しかし、車の歴史を支えてきたクラシックカーたちを、大切に乗リ続けることを禁止するという風潮は、あまり良いとは思いませんね。

ということで、今回はあえて時代に逆行し、日本の高度成長期に現れた懐かしのクラシックカーについてまとめてみました!お父さん方、必見ですよー!

いすゞ「117クーペ」

いすゞ「117クーペ」
いすゞ「117クーペ」

最初に紹介するのは、いすゞ「117クーペ」1968年に発表され、1981年までの13年間、ファンの間に親しまれてきました。

最大の特長は、曲線的なボディ。イタリアのデザイナーであるジウジアーロによって設計されたこの曲線的なボディは、当時の技術では機械のみで作ることが難しく、1968年 ~ 1972年までに発売された初期のモデルは、すべて職人たちの手作りで作られています。そのため、初期の117クーペは「ハンドメイド117」と呼ばれています。

いすゞ「117クーペ」のインパネ
いすゞ「117クーペ」のインパネ

また、内装にも随所にこだわりがあります。座席にはレザーシート、インパネとハンドルには台湾楠が使用されており、上品な仕上がりになっています。また、ダイヤルで開閉できる三角窓を装備。これらのデザインはイタリア車を強く意識して作られています。

総務省統計局における小売物価統計調査によると、1970年の車の平均価格は65万4000円。それに対し、いすゞ「117クーペ」の価格は約172万円と当時にしてはとても高価でした。あの時、乗りたかったけれど買えなかった...というお父さん方も多いことでしょう。そのノスタルジックな装いはファンを魅了し、今でも大切に乗り継がれています。

いすゞ「117クーペ」の中古車はこちら

マツダ「コスモ」

マツダ「コスモ」
マツダ「コスモ」

次に紹介するのは、マツダ「コスモ」です。初代の「コスモ・スポーツ」は、1963年10月の全日本自動車ショウ(現在の東京モーターショー)にコンセプトカートして出展され、1967年に発売されました。

全日本自動車ショウに出展されたコスモスポーツ
全日本自動車ショウに出展されたコスモスポーツ

「コスモ・スポーツ」は世界初のロータリーエンジン量産車としてデビュー。搭載された10A型エンジンは総排気量491cc×2と小排気量ながらも、最高出力110PS、最高速度185km/hを実現。

また、走行時の騒音や振動が少なく、当時普及していた国産車のレシプロエンジンが、4,000 rpm を過ぎると会話が困難になるほどの騒音が出ていたのに対し、10A型エンジンはレッドゾーンである7,000 rpm に達しても静寂性を保ち、当時のスポーツカーの中でも優れた走行性能を誇りました。

「帰ってきたウルトラマン」に登場したマットビハイクル
「帰ってきたウルトラマン」に登場したマットビハイクル

加速性能に加え、近未来的なデザインも高い人気が高く、「帰ってきたウルトラマン」では、怪獣と戦うMATの隊員が乗る「マットビハイクル」として登場。当時の少年達だったお父さん達にとってはとても懐かしい車ではないでしょうか?

当時の販売価格は約148万円。同時期に発売されていた、いすゞ「117クーペ」の約172万円と比較するとまだ安いものの、高級なスポーツカーでした。発売から40年以上経った今では現存する車が少なく、現在販売されている中古車のほとんどが価格応談となっています。

マツダ「コスモ・スポーツ」の中古車はこちら

日産「スカイラインC110型」(ケンメリ)

日産「ケンメリGT-R」
日産「ケンメリGT-R」

次に紹介するのは、日産「スカイラインC110型」こちらの名前よりもケンメリと言った方が、ピンと来るという方も多いはず。「スカイラインC110型」は、スカイラインの4代目に当たり、1972年に登場しました。

ケンメリと聞くと思い出すのは、「ケンとメリーの愛のスカイライン」のCM。先代のC10型(ハコスカ)までは「レースで輝かしい実績を残した車」というイメージが定着していましたが、このCMがきっかけで「男女二人で乗る車」という新しいイメージが定着し、「スカイラインC110型」にケンメリという愛称が付きました。

このCMは、社会現象になりましたよね。

スカイラインC10型、C110型の中古車はこちら

日産「初代フェアレディZ」

日産「フェアレディZ 」
日産「フェアレディZ 」

最後に紹介するのは、日産「フェアレディZ」1970年に生産が終了したダットサン・フェアレディの後継車で、1969年に発売されました。「高性能かつ安価なスポーツカー」というコンセプトで開発がされた車で、総生産台数は約55万台(国内では約8万台)を記録するなど、北米の市場で絶大な人気を誇りました。

ダットサン240Z
ダットサン240Z

その理由の一つに、ポルシェ911やジャガー・Eタイプなどのヨーロッパのスポーツカーの半額以下の価格でありながら、それらに負けない高級感のあるエクステリアとインテリアを実現したことがあげられます。

新車価格は、日本では最も安いグレードである「Z」が約84万円、「Z-L」が約105万円。海外では「ダットサン240Z」という名で、約3,700ドル(当時の相場で約133万円)で販売されていました。

ダットサン240Zのインテリア
ダットサン240Zのインテリア

また1971年にはサファリラリーに参戦。サファリラリーは別名「カーブレイカーラリー」と呼ばれ、灼熱の大地の中、泥の川と化した悪路を走らなければなければなりませんでしたが、見事優勝。走行性能の高さも証明しました。

発売から40年以上経過した現在でも、ダットサン240Zはアメリカで人気の高い中古車の一つとなっており、新車の状態に近い状態の価格は約5万ドル(約526万円)以上で取引されているそうです。

フェアレディZの中古車はこちら

初度登録から13年経過したガソリン車は自動車税・重量税の負担が重くなるなど、クラシックカーへの風当たりは日本でも強いです。また、故障が多く、クラシックカーを発売当初の姿のまま走らそうとすれば、金銭的な負担も少なくありません。定期的にメンテナンスをする必要があるなど、手間暇もかかります。しかし、電気自動車とは違って、自分の手で車をいじってメンテナンスできるなどの良さもありますし、希少価値のある車に乗り続けることはステイタスでもあります。

自分の惚れた愛車にいつまでも乗っていたい、周りの人とは被らない自分だけの車に乗っていたいという方はぜひ、世間の逆風にも負けずにクラシックカーに乗ってみてはいかがでしょうか?

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